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2010年5月10日 (月)

おくのほそ道・(四十一の二)

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小松と云所にて

    しほらしき名や小松吹萩すゝき

    Basx19m

2010年2月28日 (日)

おくのほそ道

 卯の花山・くりからが谷をこえて、金沢は七月中の五日也。爰に大坂よりかよふ商人、何處と云者有。それが旅宿をともにす。一笑と云ものは、此道にすける名の、ほのぼの聞えて、世に知人も侍しに、去年の冬早世したりとて、其兄追善を催すに

    塚も動け我泣声は秋の風

    Basy29m

ある草庵にいざなはれて

    秋涼し手毎にむけや瓜茄子

    Basy30m

途中吟

    あかあかと日は難面もあきの風

    Basx25m

2010年2月27日 (土)

おくのほそ道・(四十)

くろべ四十八が瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古と云浦に出。担籠の藤浪は春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと、人に尋れば、是より五里、いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじと、いひをどされて、かゞの国に入。

    わせの香や分入右は有磯海

    Basy28m

2010年2月26日 (金)

おくのほそ道・(三十九)

 今日は、親しらず子しらず・犬もどり・駒返しなど云、北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人斗ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。「白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日〃の業因、いかにつたなし」と物云をきくきく寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に、大慈のめぐみをたれて、結縁せさせ給へ」と泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護かならず恙なかるべし」と云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。

    一家に遊女もねたり萩と月

    Basy27m

曾良にかたれば、書とゞめ侍る。

2010年2月25日 (木)

おくのほそ道・(三十八)

 酒田の余波日を重て、北陸道の雲に望、遥々のおもひ、胸をいたましめて、加賀の府まで百卅里と聞。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国市ぶりの関に到る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。

    文月や六日も常の夜には似ず

    Basy25m

    荒海や佐渡によこたふ天河

    Basy26m

2010年2月24日 (水)

おくのほそ道・(三十七)

 江山水陸の風光、数を尽して、今象潟に方寸を責。酒田の湊より東北の方、山を越、礒を伝ひ、いさごをふみて、其際十里、日影やゝかたぶく比、汐風真砂を吹上、雨朦朧として鳥海の山かくる。闇中に莫作して雨も亦奇也とせば、雨後の晴色亦頼母敷と、蜑の苫屋に膝をいれて、雨の晴を待。其朝天能霽て、朝日花やかにさし出る程に、象潟に舟をうかぶ。先、能因嶋に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ、むかふの岸に舟をあがれば、「花の上こぐ」とよまれし桜の老木、西行法師の記念をのこす。江上に御陵あり。神功后宮の御墓と云。寺を干満珠寺と云。比処に行幸ありし事いまだ聞ず。いかなる事にや。此寺の方丈に座して簾を捲ば、風景一眼の中に尽て、南に鳥海天をさゝえ、其陰うつりて江にあり。西はむやむやの関、路をかぎり、東に堤を築て、秋田にかよふ道遥に、海北にかまえて、浪打入る所を汐こしと云。江の縦横一里ばかり、俤松嶋にかよひて、又異なり。松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。

    象潟や雨に西施がねぶの花

        Basx27m 

        汐越や鶴はぎぬれて海涼し

      Basy24m

             祭礼

        象潟や料理何くふ神祭    曾良

                    Bamh11m

                    蜑の家や戸板を敷て夕涼  みのゝ国の商人低耳

                        Bamt01m

                      岩上に雎鳩の巣をみる

                        波こえぬ契ありてやみさごの巣  曾良

                        Bamh12m

                          2010年2月23日 (火)

                          おくのほそ道・(三十六)

                           羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云物のふの家にむかへられて、誹諧一巻有。左吉も共に送りぬ。川舟に乗て、酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。

                            あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

                            Basy22m

                            暑き日を海にいれたり最上川

                            Basy23m

                          おくのほそ道・(三十五の二)

                          青柳疎石先生の書

                              雲の峯幾つ崩て月の山

                          Basx23m

                               語られぬ湯殿にぬらす袂かな

                          Basy21m

                                湯殿山銭ふむ道の泪かな    曾良

                          Bamh10m

                          2010年1月31日 (日)

                          おくのほそ道・(三十五)

                           八日、月山にのぼる。木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、強力と云ものに道ひかれて、雲霧山気の中に、氷雪を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ、息絶、身こゞえて頂上に臻れば、日没て月顕る。笹を鋪、篠を枕として、臥て明るを待。日出て雲消れば湯殿に下る。

                            谷の傍に鍛治小屋と云有。此国の鍛治、霊水を撰て、爰に潔斉して劔を打、終月山と銘を切て世に賞せらる。彼龍泉に剣を淬とかや。干将・莫耶のむかしをしたふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜の、つぼみ半ばひらけるあり。ふり積雪の下に埋て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花、爰にかほるがごとし。行尊僧正の歌の哀も爰に思ひ出て、猶まさりて覚ゆ。惣而此山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず。坊に帰れば、阿闍利の需に依て、三山順礼の句々短冊に書。

                            涼しさやほの三か月の羽黒山

                            Basy20m

                          2010年1月18日 (月)

                          おくのほそ道・(三十四の二)

                           五日、権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。延喜式に「羽州里山の神社」と有。書写、黒の字を(誤って)里山となせるにや。羽州黒山を中略して、羽黒山と云にや。出羽といへるは、「鳥の毛羽を此国の貢に献る」と風土記に侍とやらん。月山・湯殿を合て三山とす。当寺、武江東叡に属して、天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法を励し、霊山霊地の験効、人貴且恐る。繁栄長にしてめで度御山と謂つべし。

                          2010年1月11日 (月)

                          おくのほそ道・(三十四)

                            六月三日、羽黒山に登る。図司左吉と云者を尋て、別当代会覚阿闍利に謁す。南谷の別院に舎して、憐愍の情こまやかにあるじせらる。四日、本坊にをゐて誹諧興行。

                            有難や雪をかほらす南谷

                            Basy19m

                              2010年1月 9日 (土)

                              おくのほそ道・(三十三)

                                最上川はみちのくより出て、山形を水上とす。こてん・はやぶさなど云、おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の滝は、青葉の隙隙に落て、仙人堂岸に臨て立。水みなぎつて、舟あやうし。

                                五月雨をあつめて早し最上川

                                  Basn05m

                                おくのほそ道・(三十二)

                                  最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰に古き誹諧の種(落)こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、蘆角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻(を)残しぬ。このたびの風流、爰に至れり。

                                2010年1月 7日 (木)

                                おくのほそ道・(三十一)

                                  山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巖を重て山とし、松柏年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。

                                  閑さや岩にしみ入蝉の声

                                  Basx22m

                                2010年1月 6日 (水)

                                おくのほそ道・(三十の四)

                                  蠶飼する人は古代のすがた哉  曾良

                                Bamh09m

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