今日は、親しらず子しらず・犬もどり・駒返しなど云、北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人斗ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。「白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日〃の業因、いかにつたなし」と物云をきくきく寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に、大慈のめぐみをたれて、結縁せさせ給へ」と泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護かならず恙なかるべし」と云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とゞめ侍る。
江山水陸の風光、数を尽して、今象潟に方寸を責。酒田の湊より東北の方、山を越、礒を伝ひ、いさごをふみて、其際十里、日影やゝかたぶく比、汐風真砂を吹上、雨朦朧として鳥海の山かくる。闇中に莫作して雨も亦奇也とせば、雨後の晴色亦頼母敷と、蜑の苫屋に膝をいれて、雨の晴を待。其朝天能霽て、朝日花やかにさし出る程に、象潟に舟をうかぶ。先、能因嶋に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ、むかふの岸に舟をあがれば、「花の上こぐ」とよまれし桜の老木、西行法師の記念をのこす。江上に御陵あり。神功后宮の御墓と云。寺を干満珠寺と云。比処に行幸ありし事いまだ聞ず。いかなる事にや。此寺の方丈に座して簾を捲ば、風景一眼の中に尽て、南に鳥海天をさゝえ、其陰うつりて江にあり。西はむやむやの関、路をかぎり、東に堤を築て、秋田にかよふ道遥に、海北にかまえて、浪打入る所を汐こしと云。江の縦横一里ばかり、俤松嶋にかよひて、又異なり。松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。
祭礼
象潟や料理何くふ神祭 曾良
蜑の家や戸板を敷て夕涼 みのゝ国の商人低耳
岩上に雎鳩の巣をみる
波こえぬ契ありてやみさごの巣 曾良
八日、月山にのぼる。木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、強力と云ものに道ひかれて、雲霧山気の中に、氷雪を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ、息絶、身こゞえて頂上に臻れば、日没て月顕る。笹を鋪、篠を枕として、臥て明るを待。日出て雲消れば湯殿に下る。
谷の傍に鍛治小屋と云有。此国の鍛治、霊水を撰て、爰に潔斉して劔を打、終月山と銘を切て世に賞せらる。彼龍泉に剣を淬とかや。干将・莫耶のむかしをしたふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜の、つぼみ半ばひらけるあり。ふり積雪の下に埋て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花、爰にかほるがごとし。行尊僧正の歌の哀も爰に思ひ出て、猶まさりて覚ゆ。惣而此山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。仍て筆をとゞめて記さず。坊に帰れば、阿闍利の需に依て、三山順礼の句々短冊に書。
涼しさやほの三か月の羽黒山
五日、権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。延喜式に「羽州里山の神社」と有。書写、黒の字を(誤って)里山となせるにや。羽州黒山を中略して、羽黒山と云にや。出羽といへるは、「鳥の毛羽を此国の貢に献る」と風土記に侍とやらん。月山・湯殿を合て三山とす。当寺、武江東叡に属して、天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法を励し、霊山霊地の験効、人貴且恐る。繁栄長にしてめで度御山と謂つべし。
最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰に古き誹諧の種(落)こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、蘆角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻(を)残しぬ。このたびの風流、爰に至れり。
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